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1937年7月7日の盧溝橋事件から始まる日本帝国主義による中国に対する全面的な侵略戦争の開始は、41年12月の太平洋戦争開戦と45年8月6日、9日の米帝による広島・長崎への原爆投下、同15日の無条件降伏とつながる不可避の過程の始まりと言う位置を持っています。
そういう意味で、7.7−8.6、8.9―8.15は切り離すことの出来ない意味を持っているのであり、従って、今日のような7.7の無い、8.6、8.9闘争というものは階級的視点を欠いたものというほか無いでしょう。また米帝の残虐な原爆投下に対する怒り、天皇を始めとした日本帝国主義支配階級が、米帝の庇護の下あるいはその後一貫して、その犯罪を擁護し被爆者を或る時はモルモットとし、抹殺しようと勤めて来た事に対する怒りが運動のうちに感じられない。こうした傾向は、敗戦時、天皇の命に唯々諾々と従って武装解除され、その結果自らの手で戦後革命を成し遂げるすべもなく、戦後民主主義に天皇制を抱き合わせに呑まされる屈辱を、屈辱とも思わないで今日まで至った戦後新旧左翼の帝国主義的腐敗の現われといえます。戦後憲法を賛美し、改憲阻止闘争を9条擁護運動に換骨堕胎しようとする臆病な知識人や中核派及び中核派系の運動が総じて今日、日本帝国主義のアジア侵略に対して帝国主義的城内平和の道に引き入れられようとしているもの当然の成り行きです。
その原因を追究してみれば、すでに1935年頃には日本の共産主義運動は転向し、7.7盧溝橋事件のころは、多くの運動が翼賛勢力となっていた事に求めなくてはならないでしょう。その後も果敢な抵抗を続けたのは、労働運動においても或いは、花岡蜂起の決死的闘いに現れたように、主に朝鮮人・中国人であったことを我々は肝に銘じておかなくてはなりません。我々は、この日本階級闘争の限界を打ち破り、帝国主義抑圧民族として歴史的に負った血の債務を返済しなければなりません。今日の日本帝国主義のアジア侵略は重大な段階、もはや軍事力行使に向かう以外の無い程、アジア諸国の経済の根幹を自己の再生産構造に組み入れつつあり、特に中国においては、固定資本・生産設備の輸出を基軸とする資本輸出が、その生命線と化している事態を重大視しなくてはなりません。農民収奪に依存する中国スターリン主義と日本帝国主義は中国労働者人民の膏血を啜り、いまや帝国主義の番頭となったスターリン主義官僚の強欲は、日本への中国労働者農民の奴隷的人身売買(結婚紹介・研修と称する強制労働)もためらわないほどです。最近、帝国主義者による中国非難がトーンダウンしたのは故無きではない。
また付け加えれば、2001年花岡和解において、弁護団・支援者の多数が鹿島の手先となり、裏切った。戦後賠償をめぐる闘いにおいても日本左翼・知識人の変質は覆うべきもありません。
早晩、中国スターリン主義支配に対する中国労働者人民・諸民族の怒りはその背後の日本帝国主義の中国侵略に対する戦いに転化するでしょう。我々は、今度こそはアジア人民と運命を共にする為、血の債務を払い、我々の名誉を勝ち取るため、彼らの側に立って闘わねばなりません。その第一歩として反帝・反スターリン主義共産主義世界革命のスローガンを全く新しい根本的なものとして、歴史の要請に答えうるものとして再構築しなくてはならないでしょう。
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