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聖戦 7.

 投稿者:不比等  投稿日:2005年 1月15日(土)15時59分11秒
返信・引用
  ≪江戸城 大広間≫

≪関ヶ原の戦も静まり、徳川幕府始まる≫

大名1./ 関ヶ原の勝利にて、豊臣政権は有名無実となり、秀頼公の所領は摂津・河内・和泉の六十余国の大名に格下げとなった由。

大名2./ このまま淀君様や側近ども、また豊臣恩顧のものが黙っておるまい。

大名3./ しかし、徳川家康公は先年、朝廷より征夷大将軍を仰せ付けられ、この江戸に幕府を開かれた。将軍に逆らう者は朝敵とあいなろう。

大名4./ このたび、その将軍職を秀忠様へお譲りなさるそうな。

大名2./ なに! まだ将軍になられて二年しか経っておらぬぞ。もう隠居なさるご所存か上様は。

大名1./ いや、まだお元気なうちに将軍職を譲り、代々将軍職は徳川の世襲であることを、内外に知らしめるおつもりなのであろう。

大名3./ そして、上様は大御所として将軍家を操られるのであろう。

大名4./ 秀忠様は従順なお方だから、上様の言いなりになられるであろう。さらに御台所のお江与様が恐ろしくて、側室も持てぬとか。かわいそうなお方だ。ワッハッハ

大名2./ しっ! 声が大きい、誰が聞いておるか分からんぞ。


≪江戸城大広間に全国の大名や徳川の旗本達が居並ぶ。 正面簾の奥に、征夷大将軍徳川家康と嫡男秀忠が着座する。 下座には老中諸侯が並ぶ≫

老中1./ 一堂の者、大儀である。

≪全員深く平伏して礼をとる。≫

老中1./ 関ヶ原の戦より五年、江戸幕府開設より二年が経過しょうとしており申す。長年の諸侯の徳川家への忠節誠に有難くここに厚く御礼申し上げる。 さて、関ヶ原の戦の折、石田三成・小西行長ら主だった者たちは捕らえ、京の三条ヶ原にて処刑いたし、またその者たちの家も改易いたした。更にその所領も没収いたしたままでござる。
本日は、その折の恩賞・ご加増の対象にならなかった方々へ報うべく、お集まり頂き申した。加えて多少の国替えのご沙汰もござりますれば、謹んでお受け頂きますようお願い申し上げる。

老中2./ それでは、某より申し上げる。  毛利殿は周防・長門二国三十六万石に厳封、居城を山口より萩へ移すこと。島津殿は旧領の薩摩・大隈を安堵し、お咎めなしといたす。

≪賞罰は、一国一国読み上げられ、諸侯はそれぞれに謹んで承った。≫

老中2./ 加藤殿は、旧領肥後熊本に加え、小西の所領であつた宇土以南の肥後の一国全てをつかわされます。 次に「寺沢広高」殿へは、旧領の唐津に加え、飛び地ではあるが、小西の所領であった「天草」をつかわされます。
(余談ながら、最初この地は加藤清正につかわされたが、キリシタンが多いので返上された)
有馬殿は、島原領主の任を解き、日向一国をつかわされます。そしてこの地「島原」の新領主には、大名ではないが、このたびの戦に功績のあった大和の国の郷士「松倉重政」殿を格別の計らいにより島原領主に取り立てることとあいなった。謹んでお受けするように。 以上でござる。本日は大儀でござつた。



 


聖戦 6.

 投稿者:不比等  投稿日:2005年 1月15日(土)14時38分13秒
返信・引用
  行長/ わしも残るぞ。宗意軒、其の方は逃げろ、まだ若い、生きてわしの意志を継いでくれ。豊臣の行く末と、徳川家康が何をするのか、最後まで見とどけて欲しい。

宗意軒/ 私も一緒に死にまする。この先、徳川の世になるような事になれば、生きていても詮無いこと。

行長/ 死んではならぬ。これはわしの最後の命令だ。わしは神を信じる。天国を信じておる。そして復活のあることも信じておる。わしはきっと戻ってくる、またお前の所へ戻ってくるぞ。また会おう宗意軒、暫しの別れだ。死ぬなよ。

小西行長も又、島左近の消えた草原へとただ一騎消えてゆく。

宗意軒も関ヶ原の中を、阿修羅の如く駆けてゆく。


宗意軒/ 誰だ、そこに潜んでいるのは。 敵か味方か。 どこの隊の者か。 敵ならばかかって参れ。

汚い若い雑兵が斬りかかって来る。 何度となく鍔競り合いを繰り返す。

宗意軒/ 見たところ、まだ元服を過ぎたばかりの歳と見た。恐ろしく強いな、磨けばきっと日の本一の剣客となろう。見逃してやろう、行け。

弁之助/ 何を言いやがる。お前こそ、しっぽを巻いて逃げるがいい。

宗意軒/ 口の減らぬやつだ。名はなんと言う。

弁之助/ 人に名を聞く前に、己から名乗れ。

宗意軒/ これは参ったな。  わしは、小西行長様が家来、森宗意軒だ。名を聞いたことがあるだろう。

弁之助/ 知らん。  おいら宇喜多様の雑兵、新免家・平田弁之助武蔵だ。

宗意軒/ なんだ、宇喜多様の雑兵であったか、では味方ではないか。危うく殺してしまうとろであったぞ。

弁之助/ それはおいらの台詞だ。  この戦で何人もの侍大将の首を取ってやったんだ。でもこの負け戦ではその首も何の役にも立ちゃしない、持ち歩いても邪魔になるだけなんで、そこいらの肥溜めに放り込んでやった。

宗意軒/ なんという無礼なことをする。仮にも大将首だぞ。

弁之助/ そこいらに置いたら盗られてしまう。万一、西軍が盛り返し、勝利することがあれば、又取りに来るつもりだ。

宗意軒/ もう勝敗はついた。 一刻も早く、この関ヶ原より逃げるがよい。落ち武者狩りがはじまるぞ。敵は東軍だけではないぞ、賞金目当ての野武士、百姓や故郷の者さえお前を狙うだろう。しばらく故郷にも近づかぬことだ。

弁之助/ なんてこった。おいらの初陣が負け戦になろうとは。 おいら出世して太閤様のようになろうと思ったのに。

宗意軒/ わしは故郷の肥後の国・宇土へ帰るつもりだ。お前もついて来るか。

弁之助/ 故郷は危ないと言ったばかりじぁないか。

宗意軒/ 宇土はだいじょうぶだ。小西行長様は領民に慕われている、キリシタンの者も多い。彼らは決して人を裏切らない。きっと匿ってくれるに違いない。それにわしはもう、侍はやめた。百姓になるつもりだ。

弁之助/ おいらは、どうしても侍大将になりたい。肥後の国なんぞいかないぞ。

宗意軒/ 好きにするがいい。とりあえず大阪まで行こう。大阪城には秀頼様もおられるし、味方もいる。

弁之助/ それからどうする。

宗意軒/ しばらくしてから堺へ行く。堺の港から九州へ逃れよう。

弁之助/ 大阪まで付き合うよ。

宗意軒/ よし、行こう。お前となら、この囲みを突破できそうだ。

宗意軒と弁之助は、日も暮れだした関ヶ原を西へ向けて進んだ。
 

聖戦 5.

 投稿者:不比等  投稿日:2005年 1月15日(土)14時36分48秒
返信・引用
  徳川軍の鉄砲隊が、松尾山の麓へ集結する。

徳川軍/ それ、松尾山へ向けて鉄砲を撃ち込め。  ただし、小早川の兵を殺すでないぞ、ただ脅すだけでよい。これで寝返らず、我らに攻めて来る様であれば皆殺しにしてしまえ。

一斉射撃で松尾山へ鉄砲を撃ち込む。


小早川陣

家臣/ 殿、徳川の兵がいきなり我らに向かって鉄砲を撃ちかけてまいりましたぞ。

家臣/ いかがなされます。応戦いたしますか。

小早川秀秋/ 待て、家康公は本気で我らに鉄砲を向けられておるのか。

家臣/ いえ、まだ我らに被害はでておりません。

家臣/ 兵のいない岩々や、木々の幹を狙って撃ってきております。

小早川秀秋/ そうか、家康公は催促されておるのだな。 しかし、このまま動かざれば今度は本当に我らに向かって撃ってこよう。

家臣/ もう限界でございまするな。 このまま西軍として家康を討つか、はたまた東軍に寝返り、関ヶ原へ駆け下りまするか。  殿、ご決断を。

小早川秀秋/ 運を天に任せよう。

家臣/ 家康を討ちますか。

小早川秀秋/ いや、東軍へ寝返ることにする。 眼下の大谷刑部・吉継の陣へ攻め込むぞ。

家臣/ 承知

小早川秀秋/ それ、法螺を吹け、我が敵は石田三成の西軍なり。

小早川軍一万五千六百は松尾山を駆け下り、大谷隊の五千六百へ突入した。


小西行長の陣

行長/ 宇喜多勢の後援の為、左翼へ回り込み、寺沢広高・藤堂高虎の横腹へ食らい付くぞ。者ども進め。

小西兵/ おおっ

宗意軒/ 殿、敵の兵力およそ一万、福島隊を入れましても一万五・六千でございましょう。我らと宇喜多勢は約二万一千、さらに大谷刑部隊までいれると、二万六千余でございます。これは勝ったも同然でありましょうな。

行長/ まだ分からぬぞ、松尾山の小早川勢一万六千がどちらにつくかで勝負が決する。小早川秀秋に絶対裏切ってもらっては困る。西軍に留まらせる為にも、この戦を優位に進めなければならぬ。我らが勝てば、その波は石田様の北部面の戦闘にも影響が及ぼうほどに。

宗意軒/ 敵の魚鱗の陣の鼻っ柱を叩けば、あとは家康が本陣まで一気に攻め入り、徳川三万を残らず殲滅できましょう。

行長/ 者ども、かかれ、かかれ。

宗意軒/ 我こそは、小西家にその人ありと言われた森宗意軒である。豊臣の裏切り者どもかかって参れ、皆殺しにしてくれるわ。

戦闘は更に激しくなり、敵味方の区別ができないくらいに乱戦となる。

宗意軒/ 殿、小早川勢が松尾山を下って参りますぞ。

行長/ いよいよ動き出したか。どうか我ら西軍に味方をしてくれ。

宗意軒/ どうも動きが妙でございますな。真っ直ぐ関ヶ原へは下らず、大谷刑部様の陣へ向かっておるようでございます。

行キ/ まさか、大谷隊を狙っているのではあるまいな。

宗意軒/ その「まさか」のようです。

行長/ 許さぬぞ、絶対許さぬぞ、我らを裏切るとは。裏切り者は明智光秀と同様、末代まで卑怯者となろうぞ。

小早川勢の突然の裏切りにより、大谷隊が全滅、宇喜多勢が総崩れになる。


行長/ 怯むな、持ちこたえろ。 ここで崩れては西軍は負けてしまうぞ。まだ我らには参戦しておらぬ主力の毛利軍と島津軍が、手つかずで残っておる。すぐ伝令を出せ、援軍をこちらえ出して下さる様に、両軍に使いを出すのじゃ。

宗意軒/ もう何度も伝令を出しておりますが、まったく動こうと致しておりません。

行長/ 毛利も島津も、我らを見捨てるつもりか。

宗意軒/ 殿、ここは一度兵を引き、石田三成様の隊と合流し、兵を建て直しましょう。

東軍に追われるままに、小西隊と宇喜多勢は石田隊と合流した。

島左近/ そこにおいでは、小西行長様と森宗意軒殿か。

宗意軒/ おお、島左近殿。

島左近/ だいぶ苦戦されておられる御様子。

行長/ 小早川秀秋が裏切った。

島左近/ そのようでございますな。

行長/ 石田三成様は何処におわす。

島左近/ ずっと後方に陣取っておられます。

行長/ 石田様には、すぐにも大阪城へ戻られ、西軍をまとめ直されて、東軍を迎え撃つ準備をして頂きたい。我らがしんがりを務めますほどに。

島左近/ ありがたきお申し出、かたじけない。されど、軍を立て直す余裕はありますまい。小西様もお逃げ下さい。島左近、命を賭けて敵を防いでごらんにいれまする。では、御免。

島左近、槍を小脇に抱えて敵陣へと駆けてゆく。






 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

聖戦 4.

 投稿者:不比等  投稿日:2005年 1月12日(水)18時01分9秒
返信・引用
  小西行長隊四千名は織田有楽隊や寺沢広高隊と白兵戦を始める。

実際に戦っているのは、西軍三万五千人対東軍六万人であるが、五分五分の戦いが続いた。

西軍のはずの吉川広家隊が、西軍総大将である毛利勢の進軍を阻み、戦闘への参加を阻止していた。


徳川家康/ 何故決着がつかぬ!?   我が軍の方が軍勢は多いではないか。 思惑通り毛利も封じ込め、島津も動かぬ。皆日和見を決め込んでいるのじゃ。このまま長引けば、本当に彼らは西軍に付いてしまうぞ。さすれば我が東軍は総崩れとあいなろう。    正純、小早川の小倅はいかが致した。まだ寝返らぬではないか。

本田正純/ ハッ! 何度も使者を出しておりますが、まだ心が定まらぬようでございます。

徳川家康/ もう一度使者をたてよ。  いやいや、鉄砲を松尾山の秀秋の陣へ撃ち込んでやるがよい。

本田正純/ 殿、そのような事をされましたら、我が軍へ攻めかかって参りますぞ。

徳川家康/ いや、あの臆病者の秀秋のことじゃ、わしの堪忍袋の緒が切れたとうろたえ、寝返ってくるに決まっておる。

本田正純/ これは大きな賭けでございますな。  殿の運に賭けてみますかな。早速手配いたしまする。


家康、爪を噛みながら床几の周りを回る。


松尾山の小早川秀秋の陣では

小早川秀秋/ どうしょう、どうしょう、どうしたらいい?

家臣/ 殿、お座り下さいませ。

小早川秀秋/ わしはどうしたらいい。

家臣/ もう少し成り行きを見極めてから、ご決断をされたらよろしかろうと存じます。

小早川秀秋/ 大勢が決まってから参戦しても、誰も評価してはくれぬぞ。  かといって判断を誤り、負けた方についてしまえば小早川家の明日はない。

家臣/ いかにも、だからこそ勝ち負けがはっきりしてから参戦された方が、小早川家に傷がつきませぬ。家が残ればよろしいではございませぬか。

小早川秀秋/ 石田三成からは、西軍に味方すれば次の関白にすると言ってきておる。   わしも関白の位が欲しい。さりとて北の政所の伯母上からは、もう時代の流れは家康の方へ流れておるので、東軍に寝返るように出陣の折に釘をさされておる。

家臣/ 北の政所様は秀頼君の母上淀殿をたいそう嫌っておいでとか。女の争いに巻き込まれてはなりませぬぞ。

小早川秀秋/ 伯母上は先の見える方、まつりごとがよく分かる方である。だからこそ秀吉公を天下人にまで押し上げられたのだぞ。  しかし、家康に味方しても一生小大名で終わるしかないだろう。わしは関白の位に賭けてみたい気もする。

家臣/ 我らは、殿の御意のままにいたしまする。 が、しばらくはこのまま日和見の方がよろしかろうと存じます。

小早川秀秋/ あい分かった。






 
 

聖戦 3.

 投稿者:不比等  投稿日:2005年 1月 7日(金)22時45分53秒
返信・引用
  辰の刻(午前八時)
家康の四男“松平忠吉”と井伊家の護衛三十名が、東軍福島正則勢の前面へ出る。

護衛1/ 若君、今日の戦は何が何でも先陣の功を立てねばなりませんぞ、徳川家の四男様として名を上げるのはこの時でございます。若君は徳川の跡取りにならねばなりませんぞ。兄君の秀忠様は中仙道の真田勢と戦っておられ、まだこの関が原には到着されておりません。ご兄弟の中で一番手柄を立てられれば、徳川の世になったとき、お世継ぎは間違いございません。

護衛2./ 井伊家としましても、お守り役として鼻が高くなるというものでございます。

松平忠吉/ 俺は生まれて来るのが遅かった。もっと早く乱世の時代に生まれたかったぞ。話に聞く武田信玄公・上杉謙信公・織田信長公など会ってみたかったし、戦ってみたかった。今は秀吉の子飼いの百姓あがりのサムライばかりではないか。

護衛1./ しかし、百戦錬磨のつわものどもばかりでございます、侮れませんぞ若君。

松平忠吉/ 父上は先駆けを禁じておられるが、この戦は実際は徳川家が天下を取るための戦である。その戦に徳川の人間が先陣を勤めねば筋が通らぬではないか。それを福島勢などに仰せ付けられる父上の気持ちが分からぬ。

護衛2./ 福島勢の前へ出て、宇喜田勢の中へ斬り込みましょう。戦が始まってしまえば乱戦に突入してしまい、若君の先陣の功のみが残りましょう。

護衛1./ どの道、我ら三十名で一万七千の宇喜田勢に勝てる訳でもなし、名だけ上がればよいのだ。


福島勢の前を三十名が横切る。


福島兵1./ 待て!どこへ行く?

福島兵2./ どこの隊の者だ。

福島兵3./ ここは福島正則様の陣中であるぞ。

護衛1./ 無礼を致すな、我らは徳川井伊隊の者でこざる。それにこちらのお方は徳川家康様の四男、松平忠吉様であらせられるぞ。

福島兵1./ それがどうした。どなた様であろうと、ここは我ら福島家が先陣を仰せ付けられた部署でござる。何人も我らの前へ出ることは許さぬ。

護衛2./ いや、我らは家康公の命を受け、前線の敵情視察をしているところでござる。お構いなさるな。

護衛1./ たかが三十名でなにができると思われるか。

福島兵2./ 我らは其の方達を守る義務はない。何があっても責任は持たぬぞ。

福島兵3./ 早くその若者を連れて後方へ戻られたい。

護衛1./ 心配ご無用、我らはもう少し前まで出て敵陣の配置を見て帰るつもりでござる。では、御免。


三十名は霧の中へ消えてゆく。

やがて霧がすこしづつ晴れてゆく。茂みの中に伏せていた井伊隊三十名が宇喜田勢1万7千に向かって攻撃を仕掛ける。


松平忠吉/ やあやあ、我こそは徳川家康が四男、松平忠吉なり!今日の一番先駆けだ!!腕に覚えのある者は我と立会え。


敵の宇喜田勢よりも、先ほどの福島勢の兵が驚いてしまう。


福島兵1./ あいつら、三十名で戦闘を開始しやがった。手柄を盗られてたまるか。

福島兵2./ 福島勢の強さを思い知らせてくれる。

福島兵3./ 総攻撃だ!名を上げるのはこの時だ。

福島兵1./ 家名を興すのはこの戦いぞ。


関ヶ原は大混乱



 

クリスマス☆

 投稿者:JUNE  投稿日:2004年12月21日(火)13時29分10秒
返信・引用
  竜馬さん、こんにちは。

今日の大阪はかなり寒くなりました。雪が降ってくれるといいな♪
今日は怪しいかな(笑)ネットカフェなるところからの投稿です^^;

最近、お友達の所になかなか遊びに行けなくて寂しいけれど、
皆はどんなクリスマスを過ごすのでしょうね♪

竜馬さんも素敵なクリスマスを過ごしてくださいね!
メリークリスマス☆

TOPのお写真、中々かっちょいい!

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/4145/

 

聖戦 2.

 投稿者:不比等  投稿日:2004年12月16日(木)17時20分58秒
返信・引用
  小西行長と森宗意軒が馬で登場

宗意軒/ 殿、あまり前へ出られませぬように。
行長 / 心配いたすな、この霧だ、互いに見えはせぬ。
宗意軒/ 宇喜田様の軍勢が右前方に陣取っておられます。姿は見えませぬが、人々の息吹が感じられます。
行長 / 宇喜田様には恩義がある。私は二十年前は宇喜田様の家来であった。それが、ひょんなことから秀吉様に拾われて、今では肥後半国の大名だ。すでに太閤様は亡くなられ、豊臣家は傾いておる。今こそ太閤様や宇喜田様の恩義に報いるときだ。それに裏切り者の福島正則や藤堂高虎や加藤清正らをどうしても許せないのだ。何としても家康共々叩きのめさねばならぬ。
宗意軒/ いかにも。大恩ある豊臣家を裏切り、徳川についている彼らの心情が解りませぬ。徳川の天下を望んでいるのでしょうか。
行長 / 信長公が天下布武を掲げ、戦国の世を平らげられ、秀吉様が平和な日本国を築かれたのに、なぜ彼らは又乱世に戻そうとするのか。私は、お前も知っているように、クリスチャンで神を信じておる。私はこの国が平和で民百姓が幸福であればと願っておる。しかし願っているだけでは平和にはならぬ、戦って勝ち取るしかないであろう。
宗意軒/ 殿と同じクリスチャンであられた細川忠興様の奥方、たまこ様、クリスチャンネームをガラシャ様と言われましたか、大阪玉造のお屋敷で自害をされたよし。酷いことにこざいますな。
行長 / クリスチャンは絶対に自害などせぬわ!   西軍の人質にならぬように家来に忠興殿が殺させたのだ。 忠興殿は嫉妬深く、美人のガラシャ殿を雑兵どもの慰め者にはしたくなかったのだろう。
「散りぬべき時知りてこそ 世の中の花も花なれ 人も人なれ」
辞世の句だそうな。
 
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聖戦 1.

 投稿者:不比等  投稿日:2004年12月13日(月)22時00分39秒
返信・引用
  プロローグ
小西行長、関ヶ原に死す

関ヶ原、北に伊吹山系が裾野を広げ、西に笹尾山と天満山、西南に松尾山、東南に南宮山が並び立って馬蹄形をなす東西約4キロメートル、南北約2キロメートルの高原盆地である。

(雑兵1) 今日は何日だ!
(雑兵2) 九月の十五日の朝だよ。
(雑兵1) 霧が濃くてよく見えないが、敵も近くに陣取っているみたいだな。
(雑兵2) こっちが先に陣構えをしたんだ、負けることはないさ。
(雑兵1) そうさな、この盆地で鶴翼の陣形をとっているんだ、絶対に負ける事はないと俺も思うが、島津様や小早川様が裏切るという噂も広まっているんだ、それに毛利様も。
(雑兵2) 毛利様まで?!
    毛利様は我ら西軍の総大将ではないか。
(雑兵1) 総大将とは言っても名目だけだ。本当の総大将は石田三成様。
その石田様がからっきし人望がないときている。
(雑兵2) いやいや、人望がないとは言わないが、人との付き合いが悪い。
堅物というか、自分の信念を曲げないお人だ、いつも正論を掲げ、相手をへこましている。それでは嫌われるだけだ。
(雑兵1) その正論に押し切られ、このたび我ら西軍に味方している大名達も、いつ何時家康の方へ寝返りするかわからんぞ。
(雑兵2) 兵力は五分五分、陣形では我ら西軍が有利、しかし寝返りがでれば後は将棋倒し、負けるかもしれんな。
(雑兵1) その時は逃げるか、一目散で。ワッハッハッ
 

聖戦

 投稿者:管理人  投稿日:2004年12月13日(月)21時18分11秒
返信・引用
  歴史物語第二巻は「聖戦」をお話いたします。
ご期待下さい。
 

大和朝廷成立

 投稿者:管理人  投稿日:2004年11月17日(水)12時47分17秒
返信・引用
  いっきに古代神々より大和朝廷成立まで来てしまいました。
次はまた別の話になると思います。

試験に出ない歴史ですので覚えなくていいですよ。(笑)
 
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