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魏と卑弥呼

 投稿者:管理人  投稿日:2011年11月25日(金)23時46分2秒
返信・引用 編集済
       184:張角の黄巾の乱起きる(倭国乱る:卑弥呼即位?)
     189:霊帝没・小帝即位・何皇后臨朝・董卓小帝を廃す・董卓献帝擁立
     190:董卓長安に遷都
     192:呂布が董卓を殺す
     196:曹操が献帝を向かえ許昌を都とする。
     200:鄭玄没
     204:公孫康が楽浪南に帯方郡をおく
     208:赤壁の戦い
     213:曹操が魏公となる
     214:劉備が益州の牧となる
     216:曹操が魏王となる
     220:曹操没・二代目曹丕が魏を建国・九品官人法
     221:劉備が蜀漢を建国・諸葛亮丞相になる。
     222:呉王孫権が黄武と改元し呉を建国・三王朝鼎立
     223:劉備没
     229:呉王孫権が皇帝と称す。呉は建業(南京)に遷都
     234:後漢献帝没:諸葛亮没
     238:司馬懿が遼東の公孫淵を滅ぼす
     239:卑弥呼の使者
     244:高句麗が魏の攻撃により壊滅的打撃
     248:卑弥呼没・司馬懿魏の実権を掌握
     251:司馬懿没
     263:魏が蜀を滅ぼす。
     265:司馬炎が魏にかわり西晋建国・呉、武都に遷都
     266:呉が建業に遷都
     280:西晋が呉を滅ぼす。(三国時代の終焉)

     291:八王の乱始まる
 
 

大河ドラマ

 投稿者:NHK  投稿日:2010年11月23日(火)21時50分49秒
返信・引用 編集済
  回 番組名 放送期間 作・原作/脚本 主な出演者
50 江
平成23年1月~ 11月 田渕久美子 上野樹里、宮沢りえ、水川あさみ
49 龍馬伝  22年1月3日~ 22年11月28日 福田 靖 福山雅治、香川照之、大森南朋、
真木よう子、伊勢谷友介
48 天地人 21年1月4日~21年11月22日 火坂雅志/小松江里子 妻夫木聡、北村一輝、常盤貴子 、
阿部 寛、松方弘樹
47 篤姫 20年1月6日~20年12月14日 宮尾登美子/田渕久美子 宮あおい、瑛太、松坂慶子、
高橋英樹、堺 雅人、北大路欣也
46 風林火山 19年1月7日~19年12月16日 井上 靖/大森寿美男 内野聖陽、市川亀治郎、
Gackt、柴本 幸、仲代達矢
45 功名が辻 18年1月8日~18年12月10日 司馬遼太郎/大石 静
仲間由紀恵、上川隆也、舘ひろし、
柄本 明、西田敏行
44 義経 17年1月9日~17年12月11日 宮尾登美子/金子成人 滝沢秀明、松平 健、松坂慶子、
中井貴一、渡 哲也
43 新選組! 16年1月11日~16年12月12日 三谷幸喜 香取慎吾、佐藤浩市、江口洋介、
藤原竜也、山本耕史
42 武蔵 MUSASHI 15年 1月 5日~15年12月7日 吉川英治/鎌田敏夫 市川新之助、堤 真一、米倉涼子、
松岡昌宏、渡瀬恒彦
41 利家とまつ
~加賀百万石物語~ 14年 1月 6日~14年12月15日
竹山 洋 唐沢寿明、松嶋菜々子、反町隆史、
香川照之、酒井法子、天海祐希
40 北条時宗 13年 1月 7日~13年12月9日 高橋克彦/井上由美子
和泉元彌、渡部篤郎、渡辺 謙、
浅野温子、富司純子 、北大路欣也
39 葵 徳川三代 12年 1月 9日~12年12月17日 ジェームス三木 津川雅彦、西田敏行、尾上辰之助、
岩下志麻、小川真由美、波乃久里子
38 元禄繚乱 11年 1月10日~11年12月12日 舟橋聖一/中島丈博 中村勘九郎、大竹しのぶ、
村上弘明、松平 健、石坂浩二
37 徳川慶喜 10年 1月 4日~10年12月13日 司馬遼太郎/田向正健 本木雅弘、菅原文太、石田ひかり、
大原麗子、堺 正章
36 毛利元就  9年 1月 5日~ 9年12月14日 永井路子/内館牧子 中村橋之助、森田 剛、富田靖子、
松坂慶子、緒形 拳
35 秀吉  8年 1月 7日~ 8年12月22日 堺屋太一/竹山 洋 竹中直人、沢口靖子、
渡 哲也、仲代達矢
34 八代将軍 吉宗  7年 1月 8日~ 7年12月10日 ジェームス三木 西田敏行、中井貴一、
大滝秀治、江守 徹
33 花の乱  6年 4月 3日~ 6年12月11日 市川森一 三田佳子、市川團十郎
萬屋錦之介、京マチ子
32 炎立つ  5年 7月 4日~ 6年 3月13日 高橋克彦/中島丈博 渡辺 謙、里見浩太朗、
村上弘明、渡瀬恒彦
31 琉球の風  5年 1月10日~ 5年 6月13日 陳 舜臣/山田信夫 東山紀之、渡部篤郎
原田知世、小林 旭
30 信長  4年 1月 5日~ 4年12月13日 田向正健 緒形直人、菊池桃子、
仲村トオル、平幹二朗
29 太平記  3年 1月 6日~ 3年12月8日 吉川英治/池端俊策 真田広之、沢口靖子、
後藤久美子、片岡孝夫
28 翔ぶが如く  2年 1月 7日~ 2年12月 9日 司馬遼太郎/小山内美江子 西田敏行、鹿賀丈史
田中裕子、富司純子
27 春日局 昭和
64年 1月 1日~ 1年12月17日 橋田壽賀子 大原麗子、佐久間良子
山下真司、江口洋介
26 武田信玄 63年 1月10日~63年12月18日 新田次郎/田向正健 中井貴一、柴田恭兵、
若尾文子、杉良太郎
25 独眼竜政宗 62年 1月 4日~62年12月13日 山岡荘八/ジェームス三木 渡辺 謙、北大路欣也、
岩下志麻、勝新太郎
24 いのち 61年 1月 5日~61年12月14日 橋田壽賀子 三田佳子、役所広司
伊武雅刀、泉ピン子
23 春の波涛 60年 1月 6日~60年12月15日 杉本苑子/中島丈博 松坂慶子、中村雅俊、
風間杜夫、檀 ふみ
22 山河燃ゆ 59年 1月 8日~59年12月23日 山崎豊子/市川森一 松本幸四郎、西田敏行
鶴田浩二、三船敏郎
21 徳川家康 58年 1月 9日~58年12月18日 山岡荘八/小山内美江子 滝田 栄、役所広司、
夏目雅子、武田鉄矢
20 峠の群像 57年 1月10日~57年12月19日 堺屋太一/冨川元文 緒形 拳、丘みつ子、
松平 健、伊丹十三
19 おんな太閤記 56年 1月11日~56年12月20日 橋田壽賀子 佐久間良子、西田敏行、
藤岡 弘、フランキー堺
18 獅子の時代 55年 1月 6日~55年12月21日 山田太一 菅原文太、加藤 剛、
大原麗子、鶴田浩二
17 草燃える 54年 1月 7日~54年12月23日 永井路子/中島丈博 石坂浩二、岩下志麻
松平 健、滝田 栄
16 黄金の日日 53年 1月 8日~53年12月24日 城山三郎/市川森一 市川染五郎、栗原小巻
根津甚八、川谷拓三
15 花神 52年 1月 2日~52年12月25日 司馬遼太郎/大野靖子 中村梅之助、加賀まりこ、
浅丘ルリ子、中村雅俊
14 風と雲と虹と 51年 1月 4日~51年12月26日 海音寺潮五郎/福田善之 加藤 剛、緒形 拳
真野響子、吉永小百合
13 元禄太平記 50年 1月 5日~50年12月28日 南条範夫/小野田勇 石坂浩二、江守 徹、
小沢栄太郎、中村勘九郎
12 勝海舟 49年 1月 6日~49年12月29日 子母沢寛/倉本 聰 ほか 渡 哲也、松方弘樹
丘みつ子、尾上松緑
11 国盗り物語 48年 1月 7日~48年12月23日 司馬遼太郎/大野靖子 平幹二朗、山本陽子、
高橋英樹、近藤正臣
10 新・平家物語 47年 1月 2日~47年12月24日 吉川英治/平岩弓枝 仲代達矢、中村玉緒
中村勘三郎、滝沢 修
9 春の坂道 46年 1月 3日~46年12月26日 山岡荘八/杉山義法 中村錦之助、小林千登勢、
芥川比呂志、山村 聰
8 樅の木は残った 45年 1月 4日~45年12月27日 山本周五郎/茂木草介 平幹二朗、田中絹代
栗原小巻、吉永小百合
7 天と地と 44年 1月 5日~44年12月28日 海音寺潮五郎/
中井多津夫・杉山義法 石坂浩二、高橋幸治、
中村光輝、新珠三千代
6 竜馬がゆく 43年 1月 7日~43年12月29日 司馬遼太郎/水木洋子 北大路欣也、浅丘ルリ子、
森 光子、高橋英樹
5 三姉妹 42年 1月 1日~42年12月24日 大佛次郎/鈴木尚之 岡田茉莉子、藤村志保、
栗原小巻、山崎 努
4 源義経 41年 1月 2日~41年12月25日 村上元三 尾上菊之助、藤 純子、
緒形 拳、辰巳柳太郎
3 太閤記 40年 1月 3日~40年12月26日 吉川英治/茂木草介 緒形 拳、藤村志保、
浪花千栄子、高橋幸治
2 赤穂浪士 39年 1月 5日~39年12月27日 大佛次郎/村上元三 長谷川一夫、山田五十鈴、
林 与一、滝沢 修、宇野重吉
1 花の生涯 38年 4月 7日~38年12月29日 舟橋聖一/北条 誠 尾上松緑、佐田啓二、
嵐寛寿郎、淡島千景
 

オウベイカ

 投稿者:竜馬  投稿日:2009年 3月26日(木)00時14分46秒
返信・引用 編集済
  タカ&トシではないが、今日本はオウベイカ(欧米化)して久しい。

歴史にイフは無いし、後戻りする事もできないが、どこからか曲がってしまったように感じます。

現在の日本は「アメリカ幕府」の「日本藩」のようになっています。
戦前は「薩摩長州幕府」のように感じるし、日本をあんな悲惨な敗戦に導いたのは、その二藩の責任だと思う。秀吉の大陸進出の失政を同じ様に繰り返したものであると思います。

信長がもし生き続けたとしたら、どんな日本を築いたと思いますか。
きっとイギリス・スペインのような強大な海洋帝国を創ったと思います。
信長は領土を家来に分け与えるという発想はありませんでした。
天下は国家(公)のものであり、部下は仮に行政担当者として赴任するだけのものであり、不都合があれば解雇するものであるという認識を持っていました。
徳川幕府の領地の「拝領」と似ているが、信長のは「所有権」はなく「行政権」のみであり、現代の「県知事」と同じであったと思います。

信長が死ななければ、もっと面白い日本になっていたと思います。
 

維新の歯車 6

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)15時50分58秒
返信・引用
  大久保利通が暗殺されると、流れが変わって来る。

山県有朋が「富国が主で、強兵が従」は間違っていると主張する。
つまり富国を言うと、民の心が私利私欲に走り、公の利益を考えなくなると言う。
福沢諭吉などもその説に同調しています。

山県が「富国強兵」を復活させ、富国の為には軍事を使うという欧米のやり方を真似てしまいます。
 

維新の歯車 5

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)15時40分59秒
返信・引用
  維新後、岩倉・大久保らは欧米視察に出かける。
目的はこれからの日本のあり方進み方の勉強と、不平等条約の改正の為である。
しかしこの時、この使節団には天皇の委任状が必要だと言われ、それを取りに帰っている。
交渉はまったく受け入れてもらえず、改正されたのは日本が清国やロシアに勝利してからである。すなわち武力の弱い国は世界ではまともに相手されないのである。

大久保がイギリスを見たときに、その裕福さ、工業の目覚しさに驚いた。
強兵よりもまず富国が先である、強兵は富国に裏打ちされていると。

当時のドイツの宰相ビスマルクの歓迎晩餐会の演説が残っている。要約すると。

「世界はみな親睦礼儀で交わっているようにみえるが、それは表面上だけで、公法(国際法)など大国が利を争う場合、自国に利があれば公法を持ち出し、不利となれば大砲を持ち出す。だから公法は常に守らなければならないものではない。」と脅されてしまいます。

日本に帰ってみれば「征韓論」一色である。
大久保は驚き反対した。富国・殖産興業が先である。順序が違うと。

陸軍の予算要求書に対して、大久保は「電信鉄道は一時多額の費用を要するが、官民に尽きぬ利益をもたらす。軍の費用はまったく無用の長物である」しかし続けて「軍備を怠るべきではない」とも言っている。
 

維新の歯車 4

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)14時38分36秒
返信・引用
  薩摩・島津斉彬が推し、久光がねじ込んだ将軍徳川慶喜を、こんどは薩摩の西郷・大久保が引きずり降ろしにかかるとは皮肉なものです。

大久保に主義主張はないという評論家もいる。
その時その時の状況を見極め判断していく、これは岩倉具視にもみられるが。
然るに長州とも土佐とも同盟が結べるのである。風見鶏志士かもしれない。
「大政奉還」に反対したのは西郷で、どうぞおやりなさいと大久保は答えている。
だからと言って賛成している訳でもない。伏見の戦いに向けて謀略を仕掛けるのです。
 

維新の歯車 3

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)13時44分5秒
返信・引用 編集済
  斉彬が亡くなると、甥の忠義が藩主になり久光が後見役の国父になるが、先先代の斉興が影響力を持ち、10年は時代が後退してしまった。

しかし斉興が死去すると、久光は斉彬の意志を継ごうとするがその術がなかった。
そのとき大久保が擦り寄ってきた。そして上手く久光を脅して「精忠組」に一筆を貰った。

久光は幕府改革の為、上洛し江戸へ向かおうとした。しかしそれを倒幕のきっかけにしょうとした薩摩藩士たちを京都伏見の寺田屋で、上意討ちにしました。
江戸で徳川慶喜や松平春嶽を要職につけたが、自らは薩摩へ帰郷する途中生麦村にてイギリス人を殺傷してしまう事件をおこしてしまいます。
攘夷など無理と思っているのに計らずも薩英戦争になっていきます。
 

維新の歯車 2

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)13時03分15秒
返信・引用 編集済
  明治維新は「富国強兵」の旗を掲げて進められた。
この言葉は何時頃からあるのだろう。

水戸学の藤田幽谷(東湖の父)の弟子である会沢正志斎の著書「新論」の中に、
「国学の宜しくたのむべきところのものをのぶ、
 一に曰く、国体。
 二に曰く、形勢。
 三に曰く、虜情。
 四に曰く、守禦、以って国を富まし、兵を強うするの要務を論ず。
 五に曰く、長計。」

この中の四番目に富国強兵が出てくる。
この考えを取り入れたのが、薩摩・島津斉彬である。

西郷隆盛が藤田東湖に、「尊皇」と「攘夷」はどちらが優先するかと尋ねたら、東湖曰く「尊皇は千古一貫す。攘夷は戦略」と答えた。つまり方便であると。
西郷ら上級志士たちには、外国を打ち払うなど無理だと分かっていたのである。

斉彬は幕府改革をしょうとしたが、本人の死去もあり頓挫してしまったのである。
 

維新の歯車 1

 投稿者:  投稿日:2008年12月16日(火)00時39分7秒
返信・引用 編集済
  幕末の志士たちは、古い秩序を倒し近代的な新しい理想の国造りをしようとした。

しかし、その歯車はとんでもない方向へ回りだした。

龍馬がめざした国家とは、どんな国家だったのだろう。

どこから間違って国を暴走させていったのでしょう。

その謎解きをしていきたいと思います。
 

デジタルネイティブ

 投稿者:竜馬  投稿日:2008年11月11日(火)00時37分25秒
返信・引用
  インターネットが一般の家庭に普及するようになって10余年。子どものころから、インターネットを「水」や「空気」のように使いこなしてきた「デジタルネイティブ」とも言うべき若者たちが登場している。「13歳でインターネットを駆使して起業し全米中の注目を集める少年」「ネット上に200カ国の若者が参加する”国際機関”を作り出した若者」「仮想空間で仕事を請け負って月に5000ドルを稼ぐ高校生」・・・。デジタルネイティブは、「自ら情報を発信し共有することで成立するネット・コミュニティ」を自由自在に使い、見ず知らずの人々と瞬時につながって、次々と常識に縛られない「価値」を生み出している。アメリカでは、既存の価値観や従来の組織のあり方に捕らわれない彼らの考え方や行動力が社会をどこに導くのか、詳細な研究も始まっている。

http://8918.teacup.com/ryouma5/bbs

 

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