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憲一郎さん

 投稿者:ノンパラ  投稿日:2010年 7月30日(金)18時29分26秒
返信・引用
  30年以上も前に師弟不二の邪義を唱え、当時の学会では異端として退けられ、その後学会を辞めた人の教えが復活して、そうした考え方の急先鋒ともいえる現理事長のような人間が学会の最高幹部になっていることは、学会の一貫性のなさを如実に物語っていますね。

今後も学会教義は、「柔軟に」いかようにでも変わりうることでしょう。日蓮さんの教義はは刺身のつま、「永遠の指導者」こそ刺身そのものになるのでしょう。
 
 

師弟不二

 投稿者:憲一郎  投稿日:2010年 7月25日(日)00時05分54秒
返信・引用
  昭和52年某日、福島源次郎副会長は創価大学S201大教室において学生部幹部を前に以下の指導を行いました。

「池田先生が御本尊を捨てろと言われたら捨てるのが信心、師弟の道だ」と。現正●理事長は当時、創価大学学生自治会執行委員長として師弟不二路線をひた走っていました。

正●理事長の生き様は33年前の福島源次郎副会長とうりふたつなのです。

33年前に邪説として退けられた師弟不二論が今、創価学会の中心教義に成り上がっているのは驚くべきことです。

いっそのこと大聖人様に成り代わって池田先生が御本尊を図顕し池田教を立ち上げればすっきりするのにと思います。

そうすれば私も創価学会を邪教と断定し闘うことができます。
 

矢野絢也『私が愛した池田大作』

 投稿者:ノンパラ  投稿日:2010年 7月24日(土)18時39分59秒
返信・引用
  矢野さんの最新の著作を取り上げます。黒い手帳についての本もあるが、それは後日俎上にのせる予定。

矢野さんは、公明党の委員長にもなった人物であるが、書記長時代に私が都議選の応援で入ったある区の体育館での彼の演説が、初めて聞いた肉声でした。数千人は入る大きな体育館を揺り動かすような迫力に圧倒される思いで聞き入ったものです。
矢野さんや竹入さんに比べると、何とも今の公明党の代表はじめ執行部の面々の人物は小さいことかと、有能な人材がいなくなり、組織力の著しい低下を感じております。

さて、・・・(続きはまた少したってから書きます)
 

福島源次郎「誠諫の書」を読む

 投稿者:ノンパラ  投稿日:2010年 7月23日(金)17時38分39秒
返信・引用 編集済
  福島さんといえば、私が若いときには男子部長・青年部長という立場で学会のエリート中のエリーという印象を持っていました。他の男子部長・青年部長経験者とは一線を画す注目を浴びる立場にいたように思います。
当時は、「先生に帰命する信心をしよう」などといって上層部から顰蹙をかったりしたこともありましたが、「先生」を求める純粋さでは、他の幹部の追随を許さなかったのではないかと考えます。「先生」の著作の最も熱烈な読者であったことは間違いありません。

そのような立場にいて、当時は学会職員は薄給であったとはいえ、そのままおとなしく学会に留まっていれば安定した生活を送れたはずであったにもかかわらず敢えて「学会の禄を食むべきに非ず」と結論を出して諫言するに至ったのは、よほどの覚悟があってのことと学会からは散々叩かれましたが当時は私は大変に驚きました。

この短文は1986年4月に書かれ、学会並びに「先生」の財務、自己宣揚、独善・慢について述べられており、かなりの客観的な情報を入手できるようになった今の時点では余り目新しい内容ではありません。

ただ、この中で1980年箱根での対話の折「先生」が「私は本当のことを知りたいのだ。だが本当のことが私の耳に入らなくなってしまった」と話していたことは、注目に値するといえるでしょう。まだ、この当時は学会を取り巻く内外の本当の情勢を知りたいという気持ちは持ち合わせていたようですが、今ではそのような気持ちすらないのではないでしょうか?まさに裸の王様そのもので、全く脳天気なものです。当時は、都合の悪い報告は自身に報告していないのではないかという印象を持っていたのでしょう。

また、「私は人の意見を聞きすぎて失敗した」と述べていたということとあわせて考えると、その後のどうして益々慢心が増長していくかがよくわかる気がします。

福島さんの学会での貢献を認めるのにやぶさかではないですが、本人もこの短文の中で取り上げ自己批判しているように、「『人間革命』は、学会の師弟の道の唯一の指南書として何度も熟読し、実践の最大の糧としてまいりました」とありますが、「師弟不二」という日蓮仏法とは異質の邪義には彼のような考え方がその源泉にあったことは、今日に時点にあっても十分に反省しておく必要があるように思っています。福島さんに全て責任があるとは、もちろん言いませんが、彼の発言が重要な源の一つであることは、否定しようがないのも事実だろうと考えています。
 

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